当たり前ですが、海に囲まれた日本の魚の干物の文化は古く、縄文時代から魚や貝を干した形跡が発見されているそうです。 そして現在に至るまで、干物が古くからの食文化として伝わっています。 |
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奈良時代
奈良時代には、宮廷への献上品や租税として干物が納められていたそうで、
東大寺正倉院宝庫に保管されてきた正倉院文書に書かれているそうです。
今のように交通も保存技術も発達していなかった当時ですから、日本各地から奈良の都に海の幸を運ぶには、今の干物より塩辛く、乾燥も堅い物だと想像できます。
平安時代
平安時代になると、干物の生産量が増え、京の宮廷では、干物を「ひもの」と読まずに「からもの」と読み、『源氏物語』にも、平安貴族が興じた宴の酒肴として登場しています。これらは生鮮魚介類の少なかった平安京では大変珍重され、都の市には干し魚の店が出ていたと、古書にも書かれているそうです。
江戸時代 |
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現在 |
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